純然たるオカルトとは異なるが、歴史上の陰謀説なり、誰々は生き残っていたなどの少数説は、よく検討すると外れであることが多い。たとえばナポレオンは毒殺された、スターリンはベリア(KGB長官)に暗殺されたとか、義経ジンギスカンになった、明智光秀は天海上人になって生き残っていた、ルイ17世は生き残っていたとか、ヒットラーは生きのこっていた、ロシア革命で死んだはずの王女が生き残っていたなどの類である。
 歴史上の陰謀説は政府がUFOや宇宙人の記録を隠しているというようなデマと同根であり、つまらない心霊写真や火星の人面岩のようなものだ。ケネディ暗殺も多くの珍説を生んでいる。

○2003年10月11日 『ビートたけしのこんなはずでは!!20世紀最大の謎!!ケネディ大統領暗殺40年目の真実!!』
 テレビ朝日ジョン・F・ケネディの暗殺の真相を暴露したという特集を見た。暗殺は複数犯であり、CIAやジョンソン副大統領の関与に触れる内容である。しかし、はっきり言って胡散臭い。
 そもそも、事件には説明不能な大きな謎はないのである。通説ではオズワルドが3発、発射したと言われている。しかし番組では音声の記録から銃声が5発だと断言しているが、3発目の銃声が小さく、2発目と間隔が短いことや、4発目と5発目が重なっていることから、エコーの類だと考えると納得がいく。すると報告書通り、オズワルドが3発、発射しただけである。
 曲がった弾道の弾丸にしても、車に乗っているケネディ大統領やテキサス州知事が人形のように座っていたわけではなく、体の姿勢を動かしていたとしても何の不思議があろうか。
 全体的な印象は、何もないところに謎を創るという手法である。6コマ飛んだフィルムは、単に切れたから間を切って繋いだだけだろうし、オズワルドが暗殺後、ビルの2階でコーラを飲んだのは、単に一息ついただけで、何の疑問があるのか。広場の生け垣にいた怪しい人影に至っては、心霊写真のようである。また、黒いこうもり傘男の話も、ただの言いがかりに近い。だいたい、そんな目立つ暗殺者一味がいるだろうか。それともUFOのブラックメンなのだろうか(全くオカルトだ)。そういえば、ケネディは宇宙人との密約を破ったから暗殺されたというバカな話もあったっけ。
 事件の記録を封印したのも、単にプライバシーに関わることもあるので彼らが死亡した後で公開するとしたのだろう。何せ調査委員会は関係者のことを片っ端から調べたので、事件にとってはどうでも良くても、個人的には公開されると不都合なことも大量にあるだろう。それを考えれば、ある程度の期間、非公開にするのは当然な措置である。
 関係者の大量な死亡というのも、でっち上げ臭い。関係者は大量にいただろうから、ただの死亡を謎だとこじつけただけに見える。
 私が、もっとも重大な疑問に思うのは、次の点である。大統領暗殺は重大犯罪であり、発覚すれば重罰は免れない。死刑になるかもしれない。そのそも暗殺計画は成功するか分からないし、分かっても発覚することもある。いくら大統領が嫌いで邪魔だとはいえ、地位と名誉と財産がある多くの高官たちが、刑務所に長期間入る危険を冒してまで、それに関わることがある得るのだろうかという疑問である。政府高官にも極端な人間がいるだろうが、それが大量にいるとは考えにくいのである。ケネディは実際に権力を握っていたわけであり、それを暗殺するには相当多くの政府関係者が荷担しなければならない。しかし、暗殺計画をある高官が考えたとしても、他の高官や部下を引き込む過程で、「これは上手くいかない」とか「そんな危ない橋は渡れない」と思う人間がいるはずだ。事実、歴史上の陰謀はこのようなことからだいたい発覚して、失敗に終わっている。それは事前に発覚するだろうし、仮に発覚しなかったとしても、事後には発覚して当然である。特に言論の自由があるアメリカで、多くの人間を巻き込んで事後に発覚しないと言うことはあり得ない。ニクソン大統領が民主党本部に盗聴器を仕掛けたウォーター・ゲート事件という極めてしょぼい事件でさえ、発覚して大問題になった。それよりも遙かに大きな陰謀が必要な大統領暗殺が発覚しないはずはないだろう。
 関係者の死亡に関しても、同じ疑問が起こる。関係者がただの一般市民であっても殺すことは簡単ではない。そんなことをしたことが発覚すれば、重罰を受ける。共産圏ならいざ知らず、民主政権の高官たちが、そんな割の合わないことをやるだろうか。むしろ、オズワルドのような地位も名誉も金もない人間こそ、政治的な背景のない暗殺者なるのが自然である。仮に陰謀があるとしても、それはマフィアのような刑務所にはいることを恐れないアウトローたちの陰謀だろう。
 この番組の意味は、人間は陰謀論が大好きであり、何もないところに陰謀の匂いを嗅ぐということである。(終わり)