1970年代に世界中で超能力ブームを巻き起こした能力者は、イスラエル人のユリ・ゲラーである。彼はスプーン曲げを得意として、これを世界に広めた人間である。今回は彼について書きたい。
 ゲラーは5歳頃、母親のミシンになぜか放電を見て、それに触れようとして、なぜか、はねとばされた。その後、超能力に目覚めたという。その後、イスラエルの砂漠でUFOを見たりした。
 ゲラーが登場した当時、スプーン曲げは一般的に知られていない現象だった。一見、堅そうに見える金属製のスプーンを曲げたり、折ったりできる。それも撫でるだけ、または触れずにである。手に力を入れてへし折っている様子はない。私は子供の頃、日本テレビの『木曜スペシャル』で彼の実演を見て、正直、驚いた。ゲラーは多くの科学者を含む人々を驚愕させて、超能力の研究に向かわせた。この事は、アーサー・C・クラーク『超常現象の謎を解く part2』に書いてあるので参考にして欲しい。
 彼の登場の後、次々とスプーン曲げのできる超能力少年たちが現れて、社会的なブームになった。
 その後、私はもう一度、反対の意味で驚くことになる。それは飛鳥昭雄『超能力の手口』(ごま書房)を読んだときだ。そこには世間を騒がせた超能力、霊能力が手品やトリックでも簡単に再現できることを具体的に示してあったのだ。多くの項目は、ユリ・ゲラーの示した様々な超能力を手品やトリックで再現できることに費やされていた。それまで手品には何の興味もなかったが、この本を読んでから興味を持つようになった。
 この本には、空中浮揚ができる能力者として売り出していた初期の麻原彰晃らしき人物も出てくる。彼の空中浮揚のトリックを暴いているのである。
 ゲラーの話のもどる。結論から言えば、マジシャンがスプーン曲げを初め、ゲラーの奇跡と同じことをする手品を試みたところ、簡単に模倣できたのある。現在、金属曲げはマジックの普通の一手法になっている。彼が研究所や科学者の前で、統制された条件で行ったとされる他の超能力も、極めて多くの批判にさらされた。あこが怪しい、ここが怪しいという具合にである。
 とはいえ、ベロフの『超心理学史』では、ゲラーの超能力はトリックで容易にできるという批判派は言うが、それを実際にしてみせた人間はいないと書いている。超常現象の肯定派のベロフから言えば、多くの批判は、どれもこれも単なる言いがかり的な憶測だと感じたのだろう。
 あるテレビ番組でゲラーは「なぜ、超能力を使って、ラスベガスのカジノなどで儲けないのか」と聞かれた。その答えは「私利私欲のために超能力を使おうとしても使えない」という模範的なものだった。それも見た私は、正直、この人は大した能力者ではないと結論した。大衆や科学者はトリックで騙せても、カジノの器械や勝負士たちを騙すのは困難だから、言い訳をしていると感じたのだ。
 手品にも詳しいが、超能力の実在も信じている某超能力研究家が、ユリゲラーの実演を見て、あまりにチープな二流の手品に見えたので、「ユリは超能力の実在を世間から隠す陰謀に荷担するエージェントなのではないか」と邪推するほど、ユリの手品のレベルは低いようだ。
 あるテレビ番組でユリと宜保愛子がロシアにおいて競演した。宜保愛子は驚異的な透視能力を示したが、ユリはといえば、二流の手品でもできる種子発芽を見せただけだった。
 私の意見は、ゲラーは素晴らしい超能力者とは言えず、多くのトリックを使っていたことは間違いないということだ。ただ、若干の超能力は合ったのかもしれない。
 少しだけ気にかかることがある。ユリがアーサー・C・クラークらの前でガイガーカウンターの計数をガチガチいわせた点だ。素朴にいえば、放射性物質の崩壊速度を変えたのである。もちろん批判的にいえば、実験をあらかじめ知っていて放射性物質を隠し持っていた、または単に偶然であるということだろうが、これも単なる憶測である。
 以前に、霊能力は、人生の中で強くなったり弱くなったり、突然現れたり消えたりするらしいことを述べた。これを考えると職業として「超能力者」や「霊能者」をやるのはつらいことが分かる。能力が弱くなったときは、どうすればいいのだろうか。トリックでもして誤魔化すしかないのだ。