超能力や霊能力では、普通でない、または偶然とは思えない現象が起こる。テレパシー、予知、シンクロニシティ、霊等を見る、霊や神や宇宙人とのチャネリングなど精神的なものから、念力、ポルターガイスト、テレポートなどの物理現象まで起こるという話が数多くなされている。だからこそ、現代科学の枠を越えているとの主張がなされるわけだ。
 だだし、この多くは個人的で些末な、言い換えれば世界的に大きな出来事であることはほとんどないので、第三者が、錯覚、思いこみ、嘘などと区別することは難しい。しかし、希に第三者の証言も得られることがある。実証を重視してきた超心理学では、これに当たるわずかな事例に頼らざるを得なかった。
 これに満足しない人々は、より深い「真実」を求めて、第三者には全く説得力のない霊能者やチャネラーの言葉を信じることになる。たとえば、現在の自然科学では予知やテレバシーなどを、うまく説明できていない。だから、現実にそれに遭遇したと感じた人々は、しばしば容易に現在の科学の体系を捨ててしまって、霊能者などの語る世界観を信じてしまう。現実に体験したことを科学は説明できないが、霊能者は説明するのだからそもそも説得力が違う。
 そして、この乗り換えは一般人だけでなく、科学者たちでも起こるのだ。サイババなどのインドのオカルトに凝った青山圭秀や、ジョセフソン効果でノーベル賞を取ったブライアン・ジョセフソンなどが、その例である。科学者でありながら、オカルトに行った人間の多くは、この経路を通っていると思う。
 この稿で考えたいのは、このような霊能者やチャネラー(以後、能力者と書く)の語る世界の危うさについてである。



 一般的に言えば、小さな些末な予知やテレパシーは当たるが、大きな予言などは外れる。だから懐疑派は頭から否定することになる。そして能力者と会って、世界的には些末なことだが、個人にとっては重要な事柄を当てられた科学者は、その能力者の世界観に引き込まれる。例えば、前世療法を創始したブライアン・ワイスが、その一人である。私の読書メモから引用しよう。
 簡単に言えば、前世療法とは輪廻転生と精神分析を合わせた療法である。心の病の多くが、幼年期の体験に起因するというのがフロイト以来の精神分析の考え方だが、中には今世には原因がないことがある。そこで(精神分析が間違っているとは考えずに)、逆行催眠などによって前世を思い出すことが、トラウマ解決の重要なやり方だというのが、その主張である。




◎1998年11月+■日   ブライアン・L・ワイス『前世療法』(1991)PHP研究所
 専門論文も多く書いた精神医学者の著者が、ある患者(仮名でキャサリン)を催眠にかけてみたところ、前世を思い出し、それが彼女の精神を改善させたことを記録した本。彼女は、催眠状態にあるが、通常知り得ないような知識を述べる点などで、まるで霊媒だ。たぶん、まったく同じ現象だろう。
 著者は、これらの現象に免疫がなかったせいか、すっかりヤラれてしまった。著者は彼女が過去の人生と人生の合間に「マスター」たちが陳述する実に凡庸なオカルト哲学に痛く感動しているのである。そして、そのチンケな哲学を褒め称えるばかりで、前世の記憶が本当かどうかの検討を怠っている。事実、著者は前世の記憶には飽きていて、「マスター」たちの語る霊界哲学に興味があると述べている。
 前に述べたように、彼女は単に前世の記憶を述べるだけではない。著者ワイスの私事など通常の手段で知り得ないような知識を述べたり、馬券を当てるなどの超能力を示し、完全に霊媒と化しているから、前世の記憶も本当に彼女の「魂」の記憶なのか疑わしい。ワイスが彼女の語る前世を疑わないのは、それが正しいからではなくて、副次的な超能力に驚いたことやオカルト哲学に感心したからなのだ。少なくとも「逆行催眠で前世を思い出しました」という単純な仮説では、キャサリンの透視のような能力は全く説明できていない。
 19世紀中庸の欧米の霊媒は輪廻転生ということをほとんど語らなかったから、その霊媒が過去の人生を語った場合、それは自動的にイタコのごとくに、霊媒に乗り移った霊の生前の人生と言うことになっていた。この違いは、時代により人間界における「霊界の常識」が変わったからだろう。キャサリンは86回生まれ変わったという。しかし、これは生物の歴史40億年に比べて、あまりにも少ない。例えば人類が進化して400万年の間、少なくとも20万世代は経過しているのだ。
 著者のワイスは医学博士だから、確かに医学生理学の知識はあるのだろうが、科学を発展させてきた考え方、合理性、論理性、批判的精神が欠けている。キャサリンの過去生の記憶には歴史的に検証可能な情報も多くある。たとえば、たぶん前の大戦でドイツ軍の爆撃機パイロットで、終戦近くに戦死したらしい前世などがそうだ。これは記録が残っている可能性がある。しかしそれを検証しようと言う努力をほとんど払っていない。
 キャサリンは、彼女の父親に自分の能力を見せるために競馬場へ行き、すべてのレースを当てたという。そのお金は貧しい人に与えたと言っている。これが本当ならすごいことだ。しかし、よくあることだが、これは誇張であり、実際は少し儲かっただけかもしれない。それなら、偶然でもあることだ。世の中は広いのか、このような全レースの当たり馬券を当てたという「奇跡話」は結構ある。これらの話が本当に超常現象の発露なのか、それとも偶然と誇張の混合物なのかは、今のところ不明としか言いようがない。(終わり)




 しかし現在の前世療法では、逆行催眠の結果として思い出したのが前世という証拠が薄弱だから、公然と「前世」を見せるという立場を曖昧にして、単なる「癒し」や精神分析的な療法の一つとして行われているようだ。現在の科学と折り合いをつけようと擬態したのだ。


 今日は、ワイスが患者の世界観に引き込まれた例だった。いずれ、また書くこともあるだろうが、霊界、または宇宙人のいる世界を含めた異世界の世界観は時代によっても個人によってもバラバラで、ほとんど一貫性がないのである。18世紀の西洋での最大の霊能者であったスウェデンボルグの語る霊界や、太陽系の他の惑星の状況は、現在の霊媒チャネラーの語る霊界や宇宙とは、全く異なっている。信用性はないのだ。