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前回、研究者を初めとする人々が能力者の世界観に取り込まれる例を紹介した。透視、予知、ヒーリング、念力などは、その効果のあるなしが実感できるが、あの世などの異世界(宇宙人の場合は、宇宙観になるが)のことになると、霊能者に言葉を信じるしかない。正しいか間違っているかは、霊能者以外では分からないからである。
ところが、このあの世が、能力者によって全く異なっている。まず、スウェデンボルグの事例を私の読書メモから述べる。
○2003年1月2▼日 エマニュエル・スウェデンボルグ著 今井光一 抄訳・編『続スウェデンボルグの霊界からの手記』経済界、1985
スウェデンボルグは18世紀のヨーロッパ最大の霊能者である。彼は科学者として前半生を送ったが、50歳ごろから霊能者になった。とはいえ、私はスウェデンボルグの科学者としての業績を全く知らないから、大した業績は上げなかったといえる。
ドイツ観念論の大哲学エマヌエル・カントが、スウェデンボルグの影響を受けていたらしいことは以前から知っていたが、本書を読んでカントがスウェデンボルグ伝を書いており、直接会いたがっていたことを知った。つまりカントは、現在の基準で言えばオカルトに傾倒していたのである。もちろん、こんなことは通常のカントの伝記では全く触れられていない。
様々なオカルト本に書いてあるスウェデンボルグの示した超能力の例の幾つかが、ここに書いてあり、これがネタ本であることが分かる。友人の死亡を予言した例などを挙げて、人間の寿命は決まっており、霊界の影響下にあると述べている。基本的に本書に書いてある現世の霊の行動は、やはり現代の霊能者の語ることと類似している。
本書の後半では、現在の新興宗教や霊能者の見解と比べても、ほとんど代わらない月並みの霊界を、だらだらと陳述している。例えば、優れた精神を持ち、欲にとらわれず良い行いをすれば天国に行け、欲望にとらわれて悪い行いをすると地獄に行く、霊は修行をしてより高いレベルへ移る、等である。しかし、元科学者だけあってかなり理屈っぽい。だが、キリスト教的な世界観がまだまだ強かった当時としては画期的だったものと思われる。その意味で、現代の天国と地獄の雛型を作った人間といえる。これは彼が科学者だったことから、既存のキリスト教に疑問を持っていたことの現れだと思う。
スウェデンボルグの述べる霊界は、丹波哲郎の語る霊界とそっくりで(丹波が直接間接的に影響を受けたことは間違いないが)大変に俗っぽい。例えば、霊界で霊どうしが結婚することもあるし、この世のものと比べ物にならない綺麗な馬車があると書いてある。霊界ではフランス人はフランス人どうし、ロシア人はロシア人どうしのように、霊は似たような霊どうし集まっているらしい。こういう世俗的な点を考えると、この霊界の話は、単なる夢のように思えてならない。
その意味で、幽体離脱であの世に行けると主張したロバート・モンローの本の印象に似ている。ただし、20世紀後半の工学者・ビジネスマンであったモンローの霊界は、より現代のSFに似ているという点が異なっている。どうも霊界は、現実社会の影響をもろに受けているようだ。
抄訳なので、現在の基準から見て、明らかにおかしなことや都合の悪い事は削ってある可能性がある。原点ではもっと変なことが書いてあるだろう。
また人間の霊のみについて書いてあり、他の生物の霊などは眼中にない。どうも人間だけが霊魂を持つと考えているようだ。例えば先ほどの霊界の馬車の例を考えても、その馬は、この世の馬とどのような関係があるのかについて全く触れていない。これは進化論以前だから仕方がないとはいえるが、現在の生物学とは大変に相性が悪い。
ちなみに、本の裏表紙に日本の超心理学関係で有名な関英男博士が推薦文を書いている。(終わり)
注目すべき点は、スウェデンボルグが輪廻転生についてはほとんど語っていないことである。それとおぼしき箇所があるとの反論があるかもしれないが、それは間違いである。輪廻とそれに関連するカルマは仏教、ヒンズー教などでは中心概念であり、現在のオカルトでも広く採用されている。もし、輪廻が存在するのなら、スウェデンボルグは真っ先に、それについて語っただろう。しかし、そうではない。スウェデンボルグの霊界には輪廻の概念はなかったか、あっても極めて希でどうでも良い現象だったのだ。スウェデンポルグは守護霊に類する物についてもほぼ全く語っていない。やはり彼の霊界では守護霊などは重要でなかったと考えざるをえない。
スウェデンボルグは18世紀最大の霊能者である。スウェデンボルグは科学者出身であり、その能力はカントを初めとする多くの知識人の信頼を得ている。霊能者が現実に存在するとするなら、歴史に確実な名前を残している彼が、その代表の一人であることは疑えない。この世紀の霊能者が語る霊界に、輪廻転生や守護霊が存在しないのはどういうわけだろうか。
上に出てくるロバート・モンローはアメリカの工学者出身で、自由に幽体離脱ができるといって、そのやり方を広めようと考えた能力者である。
◎ロバート・モンロー、塩崎麻彩子 訳(1995)『究極の旅−体外離脱者モンロー氏の最後の冒険』日本教文社(Robert A. Monroe (1994),“Ultimate Journey”,Doubleday, New York.)
本書には科学技術の発達した現代における新しい宗教の教義の形態を見た感じがする。あの世には三途の川が流れていてお花畑になっている、神様がいてエデンの園の楽園である、などというのは、科学技術が発達していない過去の時代なら説得力があったかも知れないが、今の時代では今一つである。それに代わるかなり合理的な新しいあの世と魂の目的を主張している。それを要約すれば、人間の霊は、大きな魂の根元からちぎれて分かれ、人間の肉体に入り、様々な経験を積んだ後に死んで肉体を離れ、遙か宇宙のかなたにある穴のような空間を通って、その根元へその経験を伝えに戻るという考えである。まるでSFを読んでいるような感じである。実際、「2001年宇宙の旅」のような現代SFの影響が感じられる。
ただし、モンローの肉体離脱体験は注意深く読んでみると、夢に大変良く似ている。あまり、信用性がないということだ。所詮、夢と現実を混同していることを否定する論拠はない。
ちなみにモンローは電波関係の仕事をしていたせいか、やたら「波長」の概念が好きである。この「波長」の概念も「エネルギー」とならんで現代科学からオカルトへ転用された概念の一つである。(終わり)
付け加えると、モンローの見たあの世でも、輪廻転生は重要な概念ではないようだ。守護霊などの概念もはっきりとは出てこないので、やはり重要だとは考えていないことは間違いない。神、悪魔、天使も出てこない。
現在の別の事例も示してみよう。次の能力者は、輪廻とカルマという仏教的な世界観を披露している。
○1999年8月2#日 メアリー・T・ブラウン『死後の世界からの声』同朋舎出版(1994)
他の本を買うつもりが、手が取り間違えて、横にあった別のこの本を買ってしまったといういわくつきの本。もったいないし、これも何かの縁かと思って、期待しないで読んでみる。
著者は心霊セラピストといった職業である。ありきたりな輪廻とカルマの哲学が大量に述べられている点は退屈だ。しかし、現世の病気や事故などの不幸をすべて前世の因果や魂の成長に必要な宿命に帰してしまう当たりは仏教やヒンズー教の教義に忠実なようだが、これで本当に良いのだろうかという感じがした。しかし、キリスト教的な部分もあり、自殺はいけないとも言っている。
臨死体験中に、それを著者(メアリー・ブラウン)に語るための使命をもって蘇生して、実際にそれを著者に語るという例が載っている。これは臨死体験研究の大御所レイモンド・ムーディーの体験に似ている。本当の話ならば驚きだ。それ以外はとりわけ驚きの話があるわけではない。
ところで、この著者は、本当に信用できるのだろうか。サイババがやるような空間から物が現れるオポーツなどの小奇跡や、霊能力で得た情報が正しかった話が多く書いてある。セラピストだから、話術巧みなだけという可能性があるのだ。とりわけ胡散臭い記述はないが、だからといって、自己宣伝と創作のオンパレードという可能性がないわけでもない。
結論として、この本はありきたりの霊能者の話である。とりわけ面白かったり、何か知識を得たりしたわけでもない。取り間違いは何かの宿命などではなく、やはり只の間違いだったようだ。本の値段ほどの価値は無かったとがっかりする。
もしも、この本に読む時間と本代に匹敵する何か価値があったとするなら、それは子供を亡くして絶望して、霊能者の下に押しかける親が現実に存在するという話だ。少子化が進んでいる先進国では子供の夭折は親にとっては大変な苦痛だろう。一千万円程度かけても、子供の複製がほしいと思う親が大量にいるに違いない。これは、人間のクローン産業に発展すると確信した。(終わり)
あの世は、霊能者(または臨死体験者)以外には知ることはできないので、霊能者の言いたい放題になっている。しかし、ここに上げた事例だけでも、あの世にはほとんど共通点がなく、全く信頼できないことが分かったと思う。