ブライアン・ジョセフソンは超伝導でのジョセフソン効果を発見し、33歳でノーベル賞をとった。江崎玲於奈と同時受賞である。彼は教授から演習問題を与えられて、それを解く過程でジョセフソン効果を発見したのである。むろん、ずば抜けた才能があったのだろう。しかし、とてつもなく幸運な科学者でもあった。
 ジョセフソンはその後、精神世界いわゆる「オカルト」に行った。彼は1970年代の超能力ブームの時に真シュー・マニングなどの超能力者たちとあい、また彼自身、テレバシーの体験もした。これらに対する懐疑派の説明に全く納得できなかったという(ジョセフソン他『意識が開く時空の科学』)
 彼の世界観は物理学を極めただけあって、簡単に霊界などとは言わないのである。彼の世界観は、多くの霊能者やオカルティストほどはっきりしない。たぶん、彼自身、超常現象と既存の自然科学をどうすれば合致するか分からなかったのだろう。物理学者らしく、意識と観察の問題に触れる程度である。なぜ、意識の観測の問題が超常現象を引き起こすのか、どういう予測をするのか、巧く説明できていないし、それは彼も分かっているようだ。ジョセフソンの世界観は、一風変わっている。曰く、


 
私は、精神が物質を生んだと考えています。私たちが宇宙だと考えているものより以前から、精神が存在していて、時間と空間は、この精神の中から、作り出されたのかも知れないと思います。

 この意味はなんだろうか。要するに、この世界の外側に「真の世界」が在って、そこにいる「偉大な精神」なり「神」なりが、この世を創っただけでなく、時々ちょっかいを出して制御しているということになろう。いわば、われわれは超越した存在の実験室の中のシミュレーションのようなものなのだ。このような考えは、SFを初めとする多くの著作に見られる考えだ。たとえばロボット至上主義の人工知能学者H・モラビックの『電脳生物たち』にも、似たようなことが、より具体的なモデルでもって書いてある。外部の存在の内部への干渉についての思索もより深い。この考えは、この世ではなく、あの世の至上論のSF版ともいえる。
 それでは、外部世界なり、あの世の構造はどうなっていると疑問に思うに違いない。外部世界を仮定すると、どうしてもその「外部世界」の「様々な法則」を知りたくなるのが物理学者というものだろうが、そのような物は分かるはずがないのである。ジョセフソンの世界観は、曖昧なまま、今に至っている。
 臨死体験を研究したキューブラー・ロス博士は、オカルトのすべてを信じてしまってオカルト界の宣伝ウーマンになったが、ジョセフソンはそうではない。ジョセフソンの知性が霊媒などの世界観を無条件に受け入れることを拒否したのだろう。ジョセフソンほどの名声があれば、証拠は少なくても思っていることを適当に、しかし粘り強く言い続けるだけで、オカルトや新興宗教界のスーパースターになれたのだろう。しかし転向してから30年以上経った今にいたっても、超心理学会にもオカルト界にも大きな影響を残していない。ジョセフソンの最大の欠点は、雄弁ではないことだ。文章を書くのも巧くないし、SF等にも詳しくない。
 ジョセフソンも年をとった。もはや、20世紀の科学に反していても超常現象に賛成したノーベル賞受賞者の一人ということで人生を終えそうだ。