私はオカルティストの書いたものを相当読んでいるが、特によく感じることは、彼らが総じて、余り考えない人たちだと言うことだ。彼らは科学技術の成果を表面的には分っているが、それをもたらした考え方はさっぱり分ってない。だから現在わかっている科学を容易に無視したり曲解したりする。ムー大陸アトランティス大陸が浮上するとか、ポールシフトによって地軸が曲り、南極が赤道上に来て暖かくなるとか、地球物理学とは真っ向から対立することでも未来に起ると、自信を持って断言する人が多い。また、政治学や経済学に対する無知はもちろんのこと、国際情勢の見方も極めて一面的で都合の良い解釈しかしない。それも、国際政治の力学と合ってないのが多い。だから大戦争の予想は全くあたらない。
 私がメモした物のうち、霊的なものを紹介する。


◎1997年■月☆日 (1)カーク・ネルソン著、光田秀 訳(1991)『エドガー・ケーシー 1998最終シナリオ』たま出版
 原題は「The Second Coming(1986)」であり、直訳するとキリストの「再臨」になるはずだ。内容も聖書預言や死海写本を縦軸に、ケーシーやノストラダムス、ホピ族やピラミッドの預言などを傍証として、最後の審判の日とキリストの再臨が主題なのだ。ところが、なぜか20世紀アメリカの眠れる予言者エドガー・ケーシーの題をつけている。ケーシーは、去る1997年3月23日に放送された関口宏の『知ってるつもり』(日本テレビ)等でも紹介されていて、日本でも有名である。小判鮫戦略を採ったのだろう。
 本の最後にある著者カーク・ネルソンの紹介によれば、ジャーナリストだそうだ。まあ、ジャーナリストにはピンからキリまでいるので、良く分からない。それより訳者の光田秀は昭和33年生まれ、京大工学部卒、同大学院終了であることだ。20歳の頃ケーシーの『転生の秘密』を読んで霊的人生に目覚めたそうだ。
 内容で少し驚いたのは、1998年にイエス・キリストが再臨すると真剣に主張しているのだが、その現れ方である。少し常識的なオカルティストは、キリストの生まれ変わりが、世界の指導者となることがキリスト再臨の意味だとしている。だが、著者のはジャーナリストのくせにまったく違った解釈をする。
 なんと、イスラエルのオリブ山の上空から、二千年前に昇天したそのままの姿で天子や使徒と従えて現れると真剣に論じているのだ。なぜなら、新訳聖書にそう書いてあるし、そのうえケーシーのリーディングにも、そう言っているところがあるからだ。ケーシーのリーディングスにこのような部分があったとは正直言って、知らなかった。
 しかし、科学的・常識的に考えてみればケーシーは聖書の愛読者で、生涯に何十回も読んだだろうから、ケーシーの無意識のリーディングスが聖書の記述と一致するのは何の不思議もないのだ。
 だいたい、キリストがそのまま戻ってきたのでは、ユダヤ人やイスラム教徒が救世主とは認めないだろう。他の宗教の人々も同様である。もっとも、そんな「奇跡」を起こしたのなら、救世主と認めざるを得ないと考えているのかも知れないが、再臨を直接見る人間が限られているから、それを見なかった他の宗教の人々はどうせインチキだと思うのではないだろか。それよりも何よりも、この空から二千年前の姿のままでやってくるという考えは、現在の自然科学と、ものすごく遊離している。オカルティストの中でもとびきり聖書に忠実な原理主義的な考えである。
 再臨するキリストは容姿容貌、ほとんど完全無欠の人間だそうだ。麻原彰晃のようなお世辞にも美男子とは言いがたい、ぶくぶく太った醜い宗教家であっても自称、キリストの生まれ変わりを名乗っている現実にしてみれば、実に理想的なことだ。
 いちおうジャーナリストらしく、量子力学相対性理論の皮相な知識を披露し、神の存在の傍証として論じているのが、また愉快だ。とわいえ、隠れた変数を否定するベルの定理に言及しているのには驚いた。ベルの定理量子力学の観測理論の相当専門的な定理である。これに現れているように、著者はジャーナリストだけあってただの作家やオカルティストより博学である。
 そして、キリストの再臨とはあまり関係のないチャクラに関しても書いてある。ここら辺の一貫性のあるようでないようなところも、興味深い。
 来年は著者の言うところのキリスト再臨の年、1998年である。まったくどうなるか見物だ。本書が原著が出たのが1986年だから、未来のことを予言してその時になってみれば、ほとんど当らない預言研究者たちのいつものパターンを踏襲することになるだろう。この本には、そのうちソ連が中東に攻めてくるとか、聞き飽きた終末への予測や予言も並んでいるが、それらは当たっているとは言いがたい。逆にソ連の崩壊などはまったく予測していない。
 今思い出してみると、日本で予言ブームを巻き起こしたノストラダムス作家、五島勉の『ノストラダムスの大予言』以来、未来を悲観的に仰々しく予言して、ほとんど当たらないというのは、日本や世界の予言研究家の著作の一大特徴になっている。 
(後註)結局、現在に至っても、この予言は全然当たっていない。まあ、当然だが。(終わり)



◎1998年7月◆日 彩明日迦(1997)『弥勒降臨』 東京 : KKロングセラーズ.
 帰省したときに実家近くの書店で購入した。良くありがちな新書サイズのオカルト本の一つだが、テイストが大変変わっている。
 左翼共和主義的オカルティストの書いた反弥勒、反救世主本なのだ。その政治的な見識の高さと(もっとも私はあまり賛成ではなかったが)、オカルトを信じる心のアンバランスが際だつ珍作。
 いきなり扉に、田中芳樹の小説『銀河英雄伝説』からの引用で始まり、普通の予言研究者や霊能者の類とのテイストの違いに驚いた。普通、予言研究者や霊能者は非科学的な思考ゆえか、SFに興味がない人々だからだ。全体的に冷静、博学、論理の飛びも少なく、ちゃんと最小限の参考引用文献も本の最後に上げてあるし、最初のほうの印象はなかなか好感が持てた。かなり、インテリさんが書いたとお見うけする。とはいえ、やはり、どっから仕入れてきたのか分からないような、かなり勝手な事実断定も多く、オカルティスト特有の信じやすさはもっている。斜めに構えた政治姿勢、救世主を渇望するオカルティストどもへの醒めた眼、自由と民主共和制を標榜しながら「おバカ」という罵倒の言葉を連発する態度、弥勒やキリストが嫌いなのかオチョクリの小話から、ファティマの予言を「偽」マリアと決めつけ、『日月神示』を目くそ鼻くそだと言うなど、好き嫌いが激しい人である。最後は意識や波動の議論をしたあげく、地球のアストラル体への進化というSF的な予言で終わっている。詩的感覚にも溢れており、オカルティストの変種といえる。
 マルクスが「宗教は阿片だ」と言ったように、20世紀の左翼はだいたい宗教が嫌いだったから、左翼思想の持ち主がオカルト本を書くことはあまり多くなかった。だが、時代は変わったなあと感じる本だ。(終わり)

◎1998年10月5日
 日本テレビ系午後7時からの特版「世界の怪奇現象スペシャル」を見た。最新映像もあるがとっくに偽物であることもばれている写真や怪しげなフィルムもてんこ盛りだ。
 ロシアの小さな「宇宙人」のミイラが最初に出てきた。日本の某寺にある「河童」のミイラを思いだしたが、首だけすげかえたか、何かですべて創った偽物臭い。肋骨やら手足の骨が脊椎動物に似すぎている。死体は謎の団体に持ち去られたというからますます怪しい! それどころか、全体が役者を使ったヤラセくさい。
 トルコのネッシー「ジャノ」は、泡が先から出ていたと言うが、ダイバーを使ったでっち上げかも。ブラジルの心霊治療医もくだらない。ミステリーサークルは、面白かった。サークルが出来上がるときの映像はすごい、たとえデッチ上げだとしてもだ。
 そのあと、朝日系午後九時からの「たけしのテレビタックル」の超常現象バトルを見た。まあまあ面白い。特にUFOチャネラーは秀逸だ。ノストラダムスの議論はつまらなかった。(終わり)

◯1998年12月31日
 フジテレビ系午後6時半から9時までの年末「アンビリーバボー、超能力スペシャル」を見た。あまり超能力と関係ありそうもない話が多く、つまらなかった。その中で「清田益章」物語をやっていたが、赤ん坊の時から口笛を吹くなど、どこがすごい超能力なのかよくわからん話だった。子供を使った透視実験や最後のオバさんん超能力者は、少しすごい。ただし、ビデオ編集をしていないならばの話だが。
 その後、テレビ朝日系『ビートたけしの大予言スペシャル』を見た。またまた狂信的な研究家による珍奇な説をいっぱい聞かせてもたったという感じだ。ウリ・ゲラーの2流の手品も見せてもらった。アガスティアの葉の予言は実にインチキ臭い。(終わり)

○2000年10月19日 『ニュースステーションテレビ朝日
 岐阜県のある村の公営住宅ポルターガイストのような状況が起こっていることのリポートを見た。ただ、はっきり証拠が出ておらず、ただ単に立て付けが悪いだけが原因で、子供のいたずらに、偶然や錯覚を幽霊と勘違いして集団で騒いでるだけという可能性も否定できない気がした。とはいえ、ドライヤーが勝手に動いたり、配水管が磁化していたりするので、(毎度のことだが)電磁的な現象のせいかもしれない。断層や低周波の音波、電磁波の有無をもう少し突っ込んで測って欲しかった。(終わり)

○2002年8月×○日 皆本幹雄『タタり霊走る』徳間ブックス(1982)
 古本屋で100円でゲット、期待しないで読む。まあ、霊能者が自分の体験、能力を宣伝し、霊のことについて書いた本である(自己宣伝の場合は、概して話の信頼性が低い)。
 実例は色情関係に寄っている。「浮気、不倫、近親相姦、レイプなど、何でもかんでも霊のせい」という感じである。病気や事故が霊障だというのは多いが、色恋沙汰も霊のせいだというのは、なんとも。人生相談は色情関係も多いので、こっちのほうが儲かるのかもしれない。それも独自の霊視から勝手に断言している。特に水子霊や動物霊の話が多く出てくる。著者は堕胎について大変否定的である。またヘビも嫌いらしく、蛇霊が悪役として頻出する。土地にまつわる障害もでてくる。祖先の因果の話もよく出てくるが、これは確認のしにくく、ホントか嘘かわからない話だ。
 実例を読んでいると、霊視というより予知、透視、サイコメトリーに近い事例がある。(終わり)


○2004年2月▼♭日『体外離脱体験―東大出エンジニアの体験手記・考察 肉体から独立した自己が存在する!』坂本 政道  たま出版 2001/03
 薄い本、東大出の半導体エンジニアがアメリカでモンローの本に影響を受け、自分も体外離脱体験ができるようになったというだけである。昔は唯物論者だったというが、体外離脱体験する前からモンローの本を読んでおり、言に反して昔からオカルトに興味があったと結論せざるをえない。技術者だけに少しは合理的な考えをするが、生物学などとの整合性を余り考えていないのは、オカルティストにありがちなこと。つまらない奇跡しか記載していないので面白くないし、大半が単なる夢だという反対仮説を覆せないと思う。ただし、幽体離脱時の視覚について、ノイズだらけの白黒テレビを見ているようだと報告しているのは面白い。また、夢と体外離脱が連続的ではあるが区別すべきことも記述してある。最後にお決まりに科学批判がしてある。


○2004年2月22日 『特命リサーチ200X・』「恐竜の謎」
 現在の基準からして、中生代の恐竜が現在の生物の基準から言って大きすぎることから、地球の重力が恐竜時代に小さかった可能性を打ち出している。当たり前だが、この考えは多くの難点がある。もし重力定数Gが小さかったのなら、現在の惑星軌道がずれてしまうだろう。地球大気の保持もむずかしかもしれない。最大の難点は火星に打ち上げた人工衛星の軌道の計算から重力定数は現在、変化していないことが分かっている点である。(終わり)



○『霊ナンテコワクナイヨー』美輪明宏(2004)
 天草四郎の生まれ変わりという美輪明宏の本。彼が霊媒らしいことは前から知っていたが、本書を読んで、宜保愛子クラスの霊媒らしいことが分かった。
 前半は霊界の理論が書いてある。霊を構成する原子のような粒子である霊子、周波数、四次元や五次元、それに加えて仏教的な階層霊界、転生輪廻、カルマと因果など理屈っぽい。仏教的な物に現在の科学風味を矛盾など全く考えずに加えたものであり、何でもありといえる。どうも、守護霊や神様、宇宙人、教祖などから教えてもらったというより、色々なオカルト関係からの本や人からの受け売りで理論を構成しているようだ。ただし、他には余り見られない点もある。それは魂が(まるでアメーバーのように)分裂すると明快に言っている点だ。例えば、天草四郎の例は分裂して、一部は美輪明宏にはいったが、他の部分は宇宙を浮遊していると言っている。
 このように心霊現象の理屈を説明はしようとしているが、最初のほうで心霊現象は、やはり体験しないと納得はできない。あるものは否定できないということを自分の体験から強調している。
 後半が実例のオンパレードで面白い。霊視、予知、透視などの実例が数多く書いてある。透視や霊視の説明原理は、古典的な仏教の因果、怨念、先祖供養、土地の神様などであり、伝統的な日本の霊媒そのものである。
 一つだけ重要な実例を上げて論じたい。ある女性に、あなたの乗る飛行機は落ちるので、飛行機に乗るのは控えるようにアドバイスした。月日が経って、その女性は子供と共に帰省するとき、この言葉を思い出した。そして乗る予定だった飛行機をキャンセルして新幹線に代えて、御巣鷹山日航123便墜落事故を免れたそうだ。
 私がこのように大事故を予知によって回避したという話を聞いて、いつも思うのは、この親子の代わりに乗った人間がいるかもしれないことだ。もし、代わりがいなかったとしても、二人が乗るのと乗らないのでは重さが少し変わるので、墜落地点がそれに応じて変わる、あるいはカオス的に全く代わるだろうことだ。この事故では、激突直前に後部がちぎれて、最後部にいた4人が奇跡的に助かっているが、これが0人になったかも知れないし、100人になったかもしれない。タイタニック号が氷山とぶつかった例でも超常回避の話を聞くが、そもそも弾丸が針にぶつかるような確率なのだから、乗船をキャンセルしたりすると、出港時刻や重さが微妙に変わってしまい、大事故には至らなかったのではないのか。それを考えると、運命とは何なんだろう、本当に変えられるのるのかと思う。
 ただし、前世の因果が今世に来ているという話は、他の霊能者の話やワイスの「前世療法」などにも出てくるが、どうも信用性が低いように感じる。実証された例は、天草四郎の生まれ変わりであるとする自分自身の話が、史実と矛盾しないというだけだ。相手の現状を知って、それと合う話を無意識的で瞬間的に作っているという感じがする。人間の想像力からすれば、話を作ることは2秒あればできるのだし。
 ちなみに本書には、動物の霊の話は出てこないし、宇宙人も出てこない。(終わり)